映画『ブゴニア』レビュー:証明できないものを信じることの、どうしようもない切実さ
この映画をひと言で言うと
ヨルゴス・ランティモス×アリ・アスターという異色の組み合わせが生んだ、陰謀論時代のブラックコメディ。「笑えない」ことそのものが、この映画の核心に触れている。
作品の背景・前情報
監督: ヨルゴス・ランティモス
脚本: ウィル・トレイシー(原作脚本:チャン・ジュナン)
出演: エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビス、アリシア・シルバーストーン
ジャンル: サスペンス・コメディ
その他注目点: 2003年韓国映画『地球を守れ!』のリメイク。アリ・アスターがプロデューサーとして参加。第98回アカデミー賞作品賞・主演女優賞(エマ・ストーン)・脚色賞・作曲賞の4部門にノミネート。ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。撮影はビスタ・ビジョン(大判フィルム)。
あらすじ: 大手製薬会社のCEO・ミシェルが宇宙人だと確信した男テディは、師弟のドンを引き込んで彼女を誘拐する。迫りくるアンドロメダ皇帝との交渉期限、変容していく力関係、そして予測を裏切り続ける展開。何が「狂気」で何が「合理」なのか、映画は最後まで答えを渡さない。
作品のテーマについて
タイトルの「ブゴニア」は、牛の死骸から蜂が発生するという古代地中海の神話・信仰を指す。腐敗と生命の循環、蜂が象徴する秩序と共同体。この映画がそのタイトルを選んだことには、何らかの意図が感じられる。
陰謀論、地球平面説、レプティリアン、、、。なんでもいいのだが、目の前の人間が宇宙人ではないと証明することは、原理的にできない。神の存在も、シミュレーション仮説も同じだ。「証明できないから信じない」という立場と「証明できないから信じる」という立場の間に、論理的な優劣はない。この映画が突きつけるのはそういった非対称性だ。
ただ、この映画はそれを説明しない。主人公テディの信念がどこまで本気なのか、ミシェルが本当は何者なのか、観客は最後まで確信を持てないまま引き込まれていく。
原作の韓国映画(2003年)と比較したとき、同じ題材が「笑えなくなっている」のは、作家性の違いもあるが、時代の変化でもあるだろう。2020年代、陰謀論は現実政治に直結し、過激な行動として可視化された。ランティモスが今この話をリメイクした意味は、その文脈なしには語れない。
ヨルゴス・ランティモスが一貫して描いてきた権力の構造と不条理。アリ・アスターが得意とする信仰・儀式・制御できない不安。この二つのテーマが「陰謀論者が権力者を誘拐する」という設定の中で、自然に合流している。どちらの作家性も殺さずに共存している点は、プロデューサーとしてのアスターの立ち回りが巧みだったのかもしれない。
表現について
ビスタ・ビジョンで撮られた映像には、アナログの粒度と大判フォーマットならではの奥行きが同居している。ランティモスの構図はいつもそうだが、どこで止めてもまるで絵画のように美しく成立している。特にラスト3分ほどのカットは、「見たことがない絵」という感覚がある。思わず息を呑んでしまう、言葉で再現できないタイプの映像体験だ。
音楽をほぼ使わず、自然音で場を支配する選択も印象的だった。エンドロールの雨の音が重なっていく音響はまさにノアの方舟を連想させる演出だった。
(ネタバレ注意)ある一線を越えた犯人が外に出た瞬間、画面中央にアメリカ国旗がはためく一瞬のショットがある。筆者にはイラク戦争以降のアメリカ的暴力のメタファーとして機能して見えた。それがランティモスの意図かどうかは分からないが、そう読めてしまうカットだった。
エマ・ストーンは本当に坊主にしているらしい。ランティモスも連帯して坊主にしたという話だ。このコンビで是非また作品を作ってほしい。ドン役のエイダン・デルビスはほぼ演技経験のない俳優だという。その「素人っぽさ」が計算された不安定さとして画面に溶け込んでいて、キャスティングの判断として面白い。
残った印象
期待値通り、という感想は、言葉だけ聞くと物足りなく聞こえるかもしれない。ただ、両監督のこれまでの作品を把握した上で臨んで期待値通りというのは、相当な達成だと思う。ランティモスの文脈で言えば、これまでの作品より「見やすい」のは確かで、エンタメとしての入口が広い。陰謀論者と権力者のパワーバランスが二転三転する脚本は単純に面白く、最初から最後まで先が読めない。
ただし、血は出るし、不安感は持続する。「笑えるかどうかがそのまま自分の状態のバロメーターになる」タイプの映画だ。その体験自体が、この映画の仕掛けの一部ではあるのだろうが。
まとめ
『ブゴニア』は、ヨルゴス・ランティモスとアリ・アスターという二つの作家性が衝突せずに共鳴した記録として今後も残る作品だろう。陰謀論が単なる「変人の話」ではなくなった時代に、信仰・権力・暴力を一本の誘拐劇に押し込んだことの精度は高い。
信仰者に対して「視野が狭い」と言い切ること自体が視野を狭めているという皮肉は、この映画が台詞で言うことはないが、観終わった後、そのことにじわじわ気づく。それがこの映画の怖さだと思う。
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