【映画レビュー】ひゃくえむ。

【映画レビュー】ひゃくえむ。

――10秒に、人生を圧縮するということ

作品の背景・前情報

原作

ひゃくえむ。

『チ。—地球の運動について—』の作者による漫画を原作としたアニメーション映画。

 

監督

岩井澤健治

アニメ映画『音楽』を手がけた監督で、実写的な身体感覚をアニメーションに落とし込む表現(ロトスコープ)で知られる。

 

ジャンル

スポーツ/ドラマ/アニメーション

100メートル走という極めてシンプルな競技を題材にしながら、その背後にある時間の積み重ねや人生の重さに焦点を当てた作品として位置づけられる。

 

あらすじ

100メートル走にすべてを懸ける選手たち。

わずか10秒で終わるレースの裏側には、それぞれが積み重ねてきた時間と理由がある。

競技者たちは、勝つため、速くなるため、あるいは走り続けるために、自分なりの論理で100メートルと向き合っていく。

作品のテーマについて

本作が描いているのは、100メートル走という競技そのものというよりも、「なぜ人は走るのか」「なぜ一つのことに人生を賭けるのか」という問いだ。

100メートル走は、10秒前後で終わる。

しかしその一瞬に、選手それぞれの人生が圧縮されている。

希望、失望、栄光、挫折、疲労、満足、焦燥、達成、喜怒哀楽。

それらすべてが、スタートの合図とともに一気に放出される。

テーマは比較的明確に語られており、観る側に過度な解釈を強いる構造ではない。

一方で、競技と人生を重ねる視線は、シンプルだからこそ強く残る。

 

表現について

表現面で最も印象的なのは、ロトスコープを用いた身体表現だ。

実写の動きをなぞることで生まれる臨場感が、走るという行為の重さをそのまま伝えてくる。

レースシーンでは、線が荒れ、画面が揺れ動く。スピードと緊張が視覚的に表現されている。

スタートの瞬間に走る張り詰めた空気、走行中の足音や呼吸、雨音。

音の使い方も印象的で、競技中の時間の密度を際立たせている。

ロトスコープによる表現は、場面によってはノイズに感じられる部分もある。

しかし全体としては、最新のアニメーション表現として有効に機能している。

また、本作には分かりやすい悪役が存在しない。

登場人物たちはそれぞれの論理で100メートル走と向き合っており、善悪ではなく、選択の違いとして描かれている。

 

残った印象

観終わったあとにまず残るのは、単純な面白さと納得感だ。

それは派手な演出やドラマ性によるものというより、「走る」という行為を、ここまで真っ直ぐに描き切ったことによる納得感に近い。

背景ごとの書き込み具合の違いや、ロトスコープと他の部分の違いの粗さを感じる部分があるのも否めない。

それでも、身体性を前面に押し出した表現は、本作の核として機能している。

 

まとめ

『ひゃくえむ。』は、100メートル走に人生を賭けた人たちの物語だ。

近年のスポーツアニメ映画で言えば、『THE FIRST SLAM DUNK』のような到達点を思わせる完成度があり、また、一つのことにすべてを懸けるという意味では、『ルックバック』とも通じる部分がある。

万人に勧められる作品であり、同時に、陸上競技を題材にした映画として、長く参照される一本になるだろう。

スポーツのアニメーション表現において、現時点での一つの最適解を示した作品だと思う。

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